個別最適化が生むシステムの歪み——AI強制、レイオフ、送電網揺らぎに共通する構造
「AI戦略」の陰で人が消える——レイオフの言い訳として使われるAI
Monday.comが今週、全従業員の約20%にあたる600人超のレイオフを発表した。SEC提出資料での理由は「AI駆動の成長戦略」に向けた「よりリーンで焦点の絞られた運営モデル」への移行。共同創業者のEran ZinmanはLinkedInで「コスト削減やAIによる人員置き換えが目的ではない」と書いた。ただ、600人が去る組織が「AIファースト」になる。その二つの事実を同時に受け止めるのは難しい。
Monday.com単体の話ではない。Financial Timesの分析によると、2026年に入ってから米テック企業は約14万人を削減。Amazon、Oracle、Meta、Microsoftの4社だけで5万人近い。そして記録的な数字がある。Layoffs.fyiの集計では、今年レイオフを実施した企業の78%が「AIへの再注力」を理由に挙げている。
気になるのは市場の反応だ。FTは、AIを理由に人員削減を発表した企業が、発表後30取引日でナスダックをほぼ10%下回っていると報じている。投資家は「AI投資のために人を減らす」というストーリーを全面的には信じていない。少なくとも短期的には、リストラが成長のシグナルとして読まれていない。
開発者視点で注目するのは、削減と採用が同時に起きている構図。Metaは8,000人を解雇しながら7,000人をAI関連の新ポジションに異動させた。IBMは入社枠をAIとハイブリッドクラウド領域で3倍にするという。GitLabは350人を削減し22カ国から撤退しながら、エージェントワークロード向けの「ジェネレーション再構築」に着手。要するに、組織の形そのものを変えている。今のスキルセットで止まっている層と、AIインフラを構築できる層の需要が完全に分かれた。
この波は、バックエンドエンジニアの役割をどう変えるか。Cloudflareが売上34%増の状況で1,100人を削った事実は、成長フェーズでも組織の組み替えが起きることを示している。CI/CDパイプラインを保守する役割と、エージェントワークロード向けのインフラを設計する役割は、同じ「インフラエンジニア」でも中身が違う。前者の需要は間違いなく減る。後者に移れるかどうかが、次の1年の勝負になりそうだ。
ただ、はっきり分からないこともある。AIを理由に挙げる企業の多くが「人をAIで置き換えたわけではない」と言う。MicrosoftのCFOもそう主張した。では実際に何が起きているのか。業務プロセスが変わった結果、同じ人数が不要になったのか、それともAI投資の原資を捻出するために人件費を落としたのか。おそらく両方だが、企業側は前者を強調し、労働者側は後者を疑う。このズレは埋まらないまま、数字だけが積もっていく。
図書館員が教える「AIを消す方法」が爆発的に人気なことについて
2026年7月25日、TechCrunchが興味深い動きを伝えている。アメリカの図書館員たちが「Avoiding AI」というワークショップを開き、予想を超える反響を呼んでいるのだ。南フィラデルフィアの図書館員Charlie Baileyは、参加者にスマートフォンを取り出してもらい、Apple IntelligenceやGeminiを無効化する手順をプロジェクターで実演した。1時間のワークショップには20人以上の大人が集まったという。
きっかけはメイン州の図書館員Hannah Cyrusだった。彼女が雑誌記事で自身のワークショップを発表すると、世界中から数十人の図書館員が連絡をしてきた。「パソコン入門のスライドをくれとメールしてきた人は今まで一人もいなかった」とCyrusは驚きを語っている。彼女の最初のワークショップは登録が30人で打ち切りになり、待機リストが作られた。Zoom配信も含めると、約70人が参加した。Baileyがフィラデルフィアで追試したところ、図書館のInstagram投稿が2000以上のいいねと220のシェアを集めた。普段は数十いいね程度の投稿だ。第2回の開催も決まった。
ワークショップの内容は実に実践的だ。AIチャットボットの仕組みを説明したあと、各プラットフォームで特定機能をオフにする手順をなぞっていく。参加者からは「Google検索のURLに『&udm=14』を追加するとAI結果が非表示になる
(これはGoogleの「ウェブ」検索モードを強制し、AIによる概要回答をスキップさせるパラメータ)」といったtipsも飛び出した。ホワイトボードに書き留められる光景は、いかにも図書館らしい知識の共有の場だ。
重要なのは、この動きが「技術そのものの拒絶」ではないことだ。CyrusはOCRが古い文書のスキャンに有用であることを認めている。参加者の一人も「医療分野のAIには反対しない」と語っている。彼らが求めているのは、自分が使いたくない機能を強制されないこと。選択の自由と、自分のデバイスに対する主導権だ。Cyrusは「デバイスへのAIの強制導入が、ラクダの背を折る最後の藁になっている」と表現している。
開発者として読んでいて気になるのは、この不満の行き先だ。ユーザーが「AIを消す方法」を教わりに図書館に集まる状況は、プロダクト設計にとって何を意味するのか。Apple IntelligenceもGeminiも、デフォルトで有効になっている。オプトインではなくオプトアウトの設計だ。この選択が、ユーザーの信頼をどう削っているのか。ワークショップの人気は、その答えを如実に示している。
私たちがマイクロサービスを書いているとき、ユーザーへの機能提供は「デフォルトでオン」にすることが多い。フィーチャーフラグで管理はするが、基本は有効で、無効にするのはユーザー側の手間だ。この設計方針を、もう少し真剣に見直す時が来ているのかもしれない。ユーザーが図書館まで行ってオフにする方法を学んでいる現実。そこにある摩擦を、私たちは「ユーザー設定」という言葉で片付けてよいのだろうか。
データセンターが送電網を揺らした夜
ワシントンDC郊外で1本の送電線が落ちた。普段なら数秒で復旧する程度の障害だ。しかし今回は復旧に10分以上かかった。原因は送電線の落下そのものではなく、その直後に起きたデータセンターの「一斉離脱」だ。
ノーザンバージニアのデータセンター群が送電線の電圧低下を検知し、予備電源へほぼ同時に切り替えた。結果、約30秒の間に3.1ギガワットの需要がPJMの送電網から消えた。
(PJMは米国東部の大規模な地域送電網運営組織)送電網は需要と供給のバランスが崩れると電圧が急変する。需要が急減すれば電圧はスパイクする。実際、ノーザンバージニアからシカゴまで電圧が急上昇し、地域の照明が明滅した。PJMの送電網には最大で3.49ギガワットの余剰電力が流れ込み、安定化まで11分を要した。脱落したデータセンターは当時のPJM全体需要の約3%にあたる。
3%と聞けば大した数字ではない。だが送電網は需要と供給のほぼ完全な一致を前提に動いている。そこから数%が一気に抜ければ、小さな揺らぎが連鎖して大きな障害に変わる。今回までは停電には至らなかった。しかし2年前にもPJM管内で60のデータセンターが同時に離脱し、1.5ギガワットの需要が消える事件が起きている。今回はその2倍の規模だ。Synapse Energy Economicsの推計によれば、2024年時点でデータセンターはPJMの需要の約6%を占める。2040年には24%に達する見込み。このままでは次はもっと大きい揺らぎになる。
問題の本質は、データセンターが孤立して判断している点にある。電圧低下を検知した各施設はミリ秒単位で「自衛」を優先し、予備電源へ切り替える。個別のデータセンターからすれば正しい動作だ。しかし地理的に集中したデータセンターが同じ条件で同じ判断を下せば、送電網全体から見れば一斉離脱になる。Ali Zain Banatwala(Independent Electricity System Operator)が指摘する通り、順次離脱・再接続する仕組みが必要だ。
解決の方向性は2つある。1つは離脱のルール化。ERCOTはすでに大口需要家に対して
(ERCOTはテキサス州の独立系統運用機関)「ライドスルー」、つまり短時間の擾乱には動揺せず送電網に留まることを求める方針を打ち出している。もう1つは、データセンター側のインフラ変更だ。ON.Energyのような企業は、データセンターキャンパス全体をバッテリーと電力変換装置の背後に隠すシステムを開発している。送電網から見えるのは1つの安定した負荷のみ。電圧が上がればバッテリーを充電し、下がればバッテリーから放電する。ミリ秒単位で追従するため、今回のようなスパイクを防げるという。同社はすでに4つのキャンパスで合計3ギガワット分を導入中だ。
インフラエンジニアの視点で気になるのは、この問題が「誰の責務か」という線引きだ。これまではデータセンターの可用性が最重要で、送電網の安定は送電事業者の課題だった。しかしデータセンターが送電網の需要の2割を超える未来では、その分界線が意味をなさなくなる。Kubernetesでマイクロサービスを動かす際、クラスタ全体の負荷を考慮せず個別Podが勝手にスケールアウトすればリソース枯渇を起こす。それと同じことが送電網で起きている。データセンター運用側にも送電網全体の安定を見据えた設計が求められる段階に来ているのだろう。
まとめ
3つの話題に共通するのは、個別の論理が先行して全体のバランスを崩している構造だ。企業はAI投資の原資を確保するために人を減らし、プロダクトはAI機能をデフォルトで有効にし、データセンターは自衛のためにミリ秒で送電網から離脱する。それぞれの立場では正しい判断かもしれない。しかし結果として、労働市場はスキルの二極化を生み、ユーザーは図書館まで「消す方法」を学びに行き、送電網は3ギガワットの揺らぎに見舞われる。
開発者として危惧するのは、この「デフォルトでオン」「即座に離脱」という設計思想が、システム全体のレジリエンスを損なっている点だ。個別のPodが最適にスケールアウトしてもクラスタ全体がリソース枯渇に陥るように、部分的な正解が全体の破綻を招く構造が、今あらゆるレイヤーで起きている。
解決の方向性は見え始めている。データセンターにはライドスルーのルール化やバッテリーによる緩衝が提案されている。プロダクト設計でも、オプトアウトではなくオプトインにする選択肢はある。ただ、レイオフの文脈で企業側の「置き換えではない」という主張と労働者の疑念のズレは、簡単には埋まらない。個別のアクターが勝手に動く時代に、全体の調和を誰がどう設計するか。これが次の実務的な課題になる。