インドのAIユニコーン、エージェントの身分証、そしてAnthropicのアクセス遮断

インドのSarvamがユニコーン入り、HCLTech主導で2.34億ドルを調達

インドのSarvamが2億3400万ドルを調達し、評価額15億ドルでユニコーンに乗った。ラウンドはまだ続いていて、最終的に3億ドルまで引き上げる予定だという。

一番大きいのはHCLTechが1億5000万ドルを出している点。ITサービス大手がこれだけの額を戦略的投資として入れるのは珍しい。SarvamのモデルをHCLTechのエンタープライズ顧客と組み合わせて売っていく話らしい。自社でモデルを持たないSIerが、国産モデルを抱えることで付加価値を増やそうとしているわけだ。

タイミングとしては先週のAnthropic騒動が効いている。米政府の命令で、Fable 5とMythos 5への外国籍からのアクセスが停止された。先端モデルの供給が数社に集中しているリスクが、突然現実のものになった。インドはOpenAIとAnthropicにとって米国に次ぐ市場だと言われているのに、フロンティアモデルを作る側にはほぼいない。計算コストと資金の壁が厚すぎる。この構図、日本と似ている。

Sarvamの数字は面白い。1日200万回の対話、1000万回のAPI呼び出し、月50万時間の音声書き起こし。農業省向けに1700万人の農家からデータを集め、大手保険会社の4500万件の契約更新を音声エージェントで回している。インドの言語多様性に特化したモデルが、実際に公共インフラの一部として動いている。これは「主権AI」が単なるスローガンじゃないことを示している。

※主権AI(Sovereign AI):国家が自国のデータ、インフラ、文化、価値観に基づいてAI能力を構築・管理し、他国への技術的依存を減らす概念。

推論インフラのスケール感が気になる。1日1000万リクエストを自前で捌くとなると、Kubernetesクラスタの運用負荷は相当なはずだ。そこにどう挑んでいるのか、技術的な詳細が待たれる。次世代モデルはエージェント、コーディング、サイバーセキュリティに注力するそうだが、コーディング補助はCopilotやClaudeを使っている自分の日常に直結する。インド市場向けとはいえ、オープンソースモデルを公開しているので、そのうち試してみたい。

特定ベンダーのモデルが突然使えなくるリスクは、自分のチームでも無視できない話になった。

AIエージェントに「身分証」を。NewCoreが6600万ドルを調達

サイバーセキュリティスタートアップのNewCoreが6月15日、ステルスモードから出て6600万ドルの資金調達を発表した。Cyberstartsがリードし、Index VenturesとEvolution Equity Partnersが参加。投資後の評価額は3億ドル。

何を作っているかというと、AIエージェント向けのアイデンティティ管理プラットフォームだ。

McKinseyがすでに2万5000のAIエージェントを6万人の従業員と一緒に働かせている。Goldman SachsもAIコーディングエージェントのDevinを新入社員としてテストした。AIエージェントを「ツール」ではなく「従業員」として扱う動きが加速している。

ここで問題になるのが認証とアクセス制御。NewCoreの主張は既存のアイデンティティ基盤では限界が来る、というもの。OktaやMicrosoft EntraもAIエージェント対応を進めているが、元々は人間向けに作られたプラットフォームの拡張に過ぎない。AIエージェントには独自のパーミッション、ライフサイクル制御、取り消し機構が必要だという。

アーキテクチャの特徴は「split-key」。アイデンティティのクレデンシャルを顧客側とプラットフォーム側で分割して保持し、単一障害点をなくす設計。創業者のZohar AlonはDome9の創業者で、同社はCheck Pointに買収されている。CTOのAmihai Neidermanはイスラエル軍のUnit 8200で研究リーダーを務め、

(Unit 8200はイスラエル国防軍の信号情報収集・サイバー戦を担う精鋭部隊)医療AIスタートアップNym Healthを創業。CCOのErez YarkoniはT-Mobile USAとTelstraでCIOを歴任。顔ぶれは悪くない。

現状、Claude CodeやCopilotにコードベースへのアクセスを渡す際は、個人アカウントの権限に依存している。サービスアカウントで権限を絞る運用も可能だが、管理コストが跳ね上がる。NewCoreの「Agentic Skill」統合パッケージは、Claude Code、OpenAI Codex、Cursorをエンタープライズの管理下にあるアイデンティティとして扱う。モバイルアプリから人間がAIエージェントのアクセス権を付与・確認・取り消しできるのも、実運用を考えれば納得の機能だ。

Alonは「数年内にAIエージェントが人間の従業員を上回る組織が出てくる」と予測している。TCSの会長もAIエージェントが自社の従業員数に匹敵する規模になると述べている。

現時点では顧客10社未満、デザインパートナー10社以上。課金開始は今年夏以降。プロダクトが市場に受け入れられるかはまだ分からない。ただ、AIエージェントのアクセス管理が現場の課題になるのは間違いなく、着手するタイミングとしては悪くない。

Anthropicのトップモデルが使えなくなった

2026年6月15日付のMIT Technology Reviewで目を引いたニュース。Anthropicが米国の指令を受け、トップモデル「Fable 5」と「Mythos 5」へのアクセスを遮断した。

理由は、外国人ユーザーのアクセスを規制する米国の指令。だがAnthropic側でリアルタイムにユーザーをフィルタリングできないため、グローバル全体で無効化する対応になった。AmazonのCEOとの会話が規制のきっかけらしい。

サイバーセキュリティ専門家たちは即座に反発。「ディフェンダーから最高のモデルを奪い、市場に不確実性をもたらし、米国のAIリーダーシップを危険に晒している」という公開書簡が出ている。

ここで気になるのは、規制の対象が「外国人」であること。AWSやAzureならアカウント情報から国籍をある程度判定できる。しかしAPI経由でのアクセスが前提になるから、リアルタイムのフィルタリングは難しいというAnthropicの判断は現実的だろう。

自分の仕事で考えると、Claudeを日常的に使っている身としては無関係じゃない。今は使えていても、政治的な判断で突然使えなくなるリスクがある。実際に今回、モデル名の違いこそあれ、こうした事態が起きた。

CI/CDパイプラインに組み込むツール選びで「ベンダーロックインを避ける」という基準は持っていた。だが「政治的リスクを避ける」という観点は抜けていた。米中対激化が進む中で、AIモデルも地政学の影響を受ける。Copilotは今のところ大丈夫だろうが、保証はない。

Fable 5やMythos 5がどの程度の性能なのか、記事からは読み取れない。ただサイバーセキュリティ分野で「最高のモデル」と呼ばれている点を考えると、相当な能力なんだろう。

結局のところ、クラウドサービスと同じ問題がAIにもある。インフラを単一プロバイダーに依存させない設計が前提になる。モデルの差し替えができる抽象化レイヤーを用意しておくか、複数プロバイダーを日常的に使い分けるか。

ホワイトハウスのAnthropicへの圧力が以前からバックファイアしていると記事にある。規制が目的を達成しているのか、疑問は残る。

参照記事